ブログ:ココログ
フォト

« 「礼徳」-2 | トップページ | 花巻鹿おどり »

2006年6月30日 (金)

「礼徳」-2の続き

前回の文は、途中で別の用事が入って閉じざるをえなかったので続けます。
 勝って相手に感謝し、負けて相手に感謝を表す武道の世界にだけ、勝ち負けに拘らない優しさが培われるのではないだろうか。人を思いやる心があって、はじめて人の優しさを感じられるようになるのだと思う。マニュアルがなければ何もできないのは、自分で道を切り拓く訓練をしてこなかったからであろうが、目先の勝ち負けに拘りすぎた結果ではないのか。打たれた痛みを知らない者には人の痛みを想像することもできない。「短絡的な判断しかできないのは、心の教育を無視してきたからである」と、「有識者といわれる人たち」は声をそろえる。偏差値偏重の現システムを推進して来たのはいったい誰だったのか。地道に「心」を育ててきたのは何処だったのだろう。敢えてそう言いたい。 宝来の熊

budo」カテゴリの記事

「ニュース」カテゴリの記事

学校環境」カテゴリの記事

「心と体」カテゴリの記事

「日本武道」カテゴリの記事

「武士道」カテゴリの記事

「武道」カテゴリの記事

「武道研究会」カテゴリの記事

礼徳」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/143777/10732335

この記事へのトラックバック一覧です: 「礼徳」-2の続き:

コメント

教育者として心の教育は、真実!心底!大切だとおもいます。女性としての信念の確立をURLのようにしてみなさんのお役に立ちたいとおもいます。

 suzumeさんお久しぶり。相変わらずお硬いですね。もっとお気楽に構えましょうよ。真面目過ぎるのも子供にとっては重荷になりますよ。最低限の理性さえ越えなければ、自由に考えさせるのも教育ではありませんか。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

最近のトラックバック

2008年12月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31